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<<   作成日時 : 2006/01/26 09:43   >>

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ひとは自分だけの力で成長するということはないはずで、必ず外的な刺激というものがあるように思います。それは人であったり、ものや事であったりとさまざまですが、刺激的であればあるだけ不安が伴います。
こうした不安。この不安こそが生きる上でのモーターであるというMELIT行灯さまのエントリー記事 http://melit.jp/voices/andon/index.html に、驚くとともにそんな発想もあるんだと感じ入りました。

ひとは不安なとき揺らぐもの。そして揺らぎながらも、そこから何かを得るのだと思います。なぜなら、ものを考えているときでもあるからです。ものを考えているときは「揺らいでいるとき」ともいえます。何かこれというのものを探り、不安定なまま自分の内面、自分の周りを感じているときです。そうやってその場でできる限りのベストあるいはベターな判断をしようとしているのではないでしょうか。

これはしんどい作業です。不安をかかえ揺らぐという状態とは怖れを伴うからなのでしょう。
だけど、次なる展開への助走かもしれません。
これまで不安とは取り除くべきものとして、そのためにコレコレシカジカをがんばろう。と、いわれることが多く、それが暗黙の常識でした。競争社会、能力主義では不安をみせることすらできません。


『悩みを外に出せない時代。それはいまの世の中が競争社会だということです。』

『・・・・・。自分だけが、いつ何が起こるかわからないという不安を抱えて生きて
いるらしい。しかし、それを他人に知られてしまえば大変なことになる。
仲間はずれにされるかもしれないし、リストラされるかもしれない。そうしたら、
自分は社会の落伍者になってしまう。
 そのために、その人間は周囲の人たちと同じように笑顔をつくろうとし、無理に
いきいきと行動しようとします。必死でそうやって装うわけです。』 

*行灯さまの「不安の力を読んで」より


不安であること、不安そのものがモーターだということ!
生きるうえで、取りはずせないこととして組み込もうというのです。
常にあるものとして受け入れる。不安をありのままの姿として受け入れる。こうして生きてゆくことの実相に添い、その意味を見いだそうとしています。

前記事の”とまどうペリカン”じゃないけれど、戸惑うときというのは、まさに揺らぎの渦中にあります。不思議なもので、自分が求めているときは、それに応えてくれるものが自然にわかるようです。ふと手にした本に開眼させられるといったことや、偶然言葉をかわした人が新たな自分を見い出し、生涯の友になることもあります。

不安だから揺れ動き、求めているということでしょうか。
後になって思い返したときに、おそらく出会いや新たなる発見といったことに深くかかわるような局面でもあるようです。
揺れるとは少し動くことです。自分が動けば周りがちょっと変化する。その変化が次の変化を起こす。こうして自分のモーターとして不安を認めれば、万物流転すという真理がみえてくるようにも思います。





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コメント(15件)

内 容 ニックネーム/日時
パセリさま
まさに今、揺れる思いでこの文章を書いています。(まさにライブ感100%だわ。)
本日はちょっとした会議があるのです。ある状況を変えたいが為に、ある提案をするつもりなのですが、反面非常に勇気のいることでもあるのです。しかし私の内面ではゴーというサインがすでに出ています。なぜなら言うことの方が誇りを持てる行為だから・・・・。
揺れる思いのままここを開けたら、何とまるで応援歌のようなこの記事ではありませんか!これでは頑張るしかありませんね。自分で自分の肝試しをしてこようと思います。ちなみに会議は3時からです。
ドキドキ、・・・・ドキドキ・・・ああ、ほんにスリルとサスペンスやわ〜。
まさに「不安」のど真ん中にいる現在の私です。でも不安を味方にする余裕はありません・・・・・。


カトンテイル
2006/01/26 11:55
>ドキドキ、・・・・ドキドキ・・・ああ、ほん>にスリルとサスペンスやわ〜。

いつもこの時間は仕事中なのですが、偶然カトンテイルさんの差し迫った状況のコメントを目にしています。

どうぞ、掌に人という字を書いて呑み込みいつものあなたらしさで、会議に臨まれますよう、お祈り致しています。お時間に間に合ってよかった!
パセリ
2006/01/26 13:47
 こんにちは。
 TB.感謝しています。
 実は私の話をどう持って行こうかと少々便秘気味でした(失礼^^)。
 私はどちらかというと強気でマイペースできたので、心の弱ってる状態がよく理解できない方なんです。仕事していても入院中の人の心はうつろであいまいで、とことん付き合えないもどかしさを感じながらも、時間で区切っていたことがほとんどでした。ですからはっきりしない人はとても苦手でした。
マイペースが通せるのですから私はかなり厚かましい方で、それ位のことで悩むな!! なんてよく言ってました。その時点では患者さんもカンフル剤打ったようにつられて元気になるのですが、その反動で落ち込む方もいらしたのだろうと反省しています。
 ですから文章も簡単で単純で、どうしたら繊細な部分を表現できるのかとても難しいです。
 これからもTB.よろしく御願い致します。
昼行灯
2006/01/26 16:17
昼行灯さま、こんばんは。

ここでのレスポンスでは、とてもカバーできないくらい重要なポイントでう〜んと唸っていますが、ちょっと嬉しい気持ちでいます。今後の課題とさせてください。

お正月息子たちを見ていてつくづく思ったのですが、子供は「言われたこと」から学んでいくのではなく、非言語的に根底にもっている価値観や情感を読み取り、育っていくのだなあと。

昼行灯さんのその体当たりの精神や情感は、必ず伝わっているものと思います。根本思想はそのくらい伝わるも野で、それさえちゃんとあれば逆にあまり難しく考えなくってもいいのではないか・・とも思っています。
パセリ
2006/01/26 22:17
続き。

この根本に流れる感情は、ほんのちょっとした文章からも伝わるように思っています。たくさんの情報や活字のなかからでも、敏感に読み取るということを、感じています。そのくらい誤魔化せないものと・・。にしまーせんせがいいことおっしゃっていました。「そこにあたたかさが流れていればいい。」というようなこと。この話はわたしの中で大ヒット!でした。
パセリ
2006/01/26 22:29
パセリさま
昨日は温かい声援をありがとうございました。そして、ご心配をかけたとしたらごめんなさい。

結論から言うと・・・・・昨日は不発、空振りに終わってしまったのです。
会議直前に連絡が入り、私の提出した内容と資料を今回は見送らせて頂くというのです。あわてて抗議に行くと平謝りされてしまいました。そしてこの内容は小委員会で討議して、その委員会から提出という形の方がベストだし、筋だというのです。「でも・・・」と私がいいかけると、「あなたが矢面に立たれることはないです」というような意味のことを言われてしまいました。バレバレでした。矢面に立っても構わないと思っていました。私がその場で発言すること自体が抑止力になると思ったからです。今の職場に変わったばかりの時、ある人達をかばって上げられなかったという苦い経験があります。しかし今は守って上げられると思ったのです。緊張が一度に緩んでしまいました。独断で変更した方も私を思ってのことだと感じたので納得することにしました。今朝、やっと気持ちが落ち着いた次第です。
カトンテイル
2006/01/27 07:41
文面から察しますに、不発空振りとおっしゃっていますが、周囲の方々とのとても濃い充実したときを過ごされたようですね。

お仕事毎日お疲れさまです。職場の仲間とは不思議なもので、互いにカバーし合ったり、要求が増えてきて、パートナーとしてのハードルがたかくなってくるので、大変と思います。
おそらく、誠実さや素直さといったあたりまえのことが何にも優る説得力となって、周囲からあたたかくサポートされるのでしょう。

お気持ち落ち着かれてなによりでした。
パセリ
2006/01/27 11:50
♪揺れるぅ〜思い、からだじゅぅ感じ〜てぇ〜
このまま、ずうっと〜、蕎麦、煮たぁ〜い!
青く澄んだぁ〜あの空のようなぁ〜
君とあるき、続けた愛♪

ザードの歌う”揺れる思い”を、小さいときこんな歌詞なんだと信じていた私でした!
変でごめんなさい。とぼけたmeguでした♪
megu
2006/01/27 21:32
meguさん、おはようございます。

うんうん。この歌ずい分流行ってました。ザードの坂井泉水さんのやわらかな声にのって、軽快なリズムが〜。「負けないで」や「マイフレンド」など、うちの子達も大好きでしたよ。

そうね。お蕎麦を煮ちゃったらはて〜どうなるんだろ・・蕎麦団子になっちゃいますが・・そう聞こえましたよね。とばけたmeguさんは、なかなかキュート。う〜ん。ここでいい味、出してくれてありがとう!お蕎麦団子、おいしいかもね。
パセリ
2006/01/28 09:41
幼い時に歌を勘違いしてインプットして、後にその間違いに赤面したことって、誰でも結構ありますよね? 私は枚挙にいとまがないです。

「ふるさと」は「うさぎ、お〜いしい(うまい!)、かの山〜」 だと思っていました。

「もみじ」 では「秋の夕日の照る山もみじ〜、小芋(濃〜いも)、ウス芋(薄いも〜)数ある中に〜」というように、小芋とウス芋なる芋の品種があるものだと近年まで信じておりました。(あまり大きな声では言いたくはないのですが・・・・)

「ああ、勘違いインプット集!」なるものを作ったら、さぞや厚いものができるのではないでしょうか?

パセリさんの場合もぜひお聞きしたいわ!

カトンテイル
2006/01/28 17:35
そのような訳で、「ふるさと」の歌ってちょっぴり残酷な歌だと思ってました。というより作者のデリカシーのなさに、幼いながらも少しあきれていたって感じでしょうか?(もっとも勘違いなので、作者の方、お許しを!)

でもなぜかみんな食べ物ばかりの勘違いですね・・・・・。(食い意地はってた?)
カトンテイル
2006/01/28 17:43
カトンテイルさま、こんばんは。

おさなごころは、本当に真っ白。一生懸命自分の知ってる範囲内から、ことばを捜して当てはめて、自分の世界をもつのでしょうね。

たいていが、食べ物っていうのは、まぁ愉快ね。きっと、おいしいものに目がなかった?のでしょうか。そして、かわいいうさぎさんの心配してたっていうのは・・これ、勘違いの人多そうデス。ある意味、つみですよね。
パセリ
2006/01/28 22:29

パセリさま
今またまさに揺れる思いの状態です。愚痴のようになってしまいますが聞いていただけますか? Good communicationの練習をしたいのです。こうやって話すことによって少しは何かが見えてくるとよいのですが・・・。
今、個人的にある会に出入りしています。私は自分の内の何かのサインに導かれてこの会の門を叩きました。(スピリチュアルのなせる技でしょうか?ただし宗教団体ではありません。)しかし今まで何回か(私にとっては)理不尽で不愉快な思いをしています。振り返ってみますと、枝葉の箇所では温かい心配りが感じられるのですが(これはこれで大変うれしいものですが)、肝心の一番の根幹の箇所では大切にされていないという思いが残るのです。(それどころか酷いと感じることがあります。)自分のこれまでの環境ではこれとは逆の待遇であったため、戸惑うばかりです。価値観の違いなのかどうかよくわかりません。
心身の元気なときであれば何とか乗り越えることもできますが、今後このようなことが続けば私の神経をもたせる自信がないのです。
カトンテイル
2006/02/11 15:49

今回も(心の狭い私にとっては)致命的なことがありました。私はこれをどう解釈したらいいのかわからず、未だ気持ちは宙ぶらりんのままなのです。このようなことが起きるのには何か大きな理由があり、いずれ全て理解ができてめでたしという時がくるのでしょうか?そのようなことを信じて、そして自分を成長させる何かがあると信じて会に留まった方がよいのでしょうか?
それとも、(私は自分にとって心を害するような場所はどこにもいらないと思っています。)その会の場所は私にとって、いるべき場所ではないのでしょうか?そして回りの人にとっても私がいることが良いことなのかどうか?と判断をしかねていて、まさに揺れる想いなのです。(ただしその会の人たちはみんな大好きなのです。)それとも直接のcommunicationが必要なのでしょうか?

Long long グチーになってしまってごめんなさい。



カトンテイル
2006/02/11 15:52
カトンテイルさま、こんばんは。

なにやら、揺れていて・・そうですか、
Long long グチーなのですね。
OK、ここにてどうぞどうぞグチッてくださいませ。この場ですっきりされるのならば、それがいいと思います。少しでもお役に立てればうれしいですよ!(支えあいのメカニズムは不思議なものです。支え、支えられて高めあえればいいのではないかと思ってます。)
パセリ
2006/02/12 22:00

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