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help RSS 闇の物語とのバランス

<<   作成日時 : 2006/05/17 15:29   >>

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一体何に、わたしはまごついているのだろうか。

命の力などとこうして語ったり伝えたりしていくことは、
話で聞いたり、物語で読んだり、ひとから体験を聴いたりして
おぼろげに伝わるということも、あるかもしれない。

だけど…・今の時代性なのか、この日本という社会の在り方からくるものか
その理由はわからないが、話が表層的にすべってしまうようで、
なにか気がかりなのだ。

わたしは息子達と、「風の谷のナウシカ」や「神隠し」を観て、
涙した親世代だ。子どもたちと一緒に何度も観て、涙した。
そこに描かれてる「人間性の重みそして復活」や「慈愛」に感動するからなのは
もちろんである。それでも何か足りない。なんなのだろうか。

もしかしたら……バランス。
そうかバランスなのかも知れない・・。

今の時代には、宮崎駿のアニメがあって数多くの冒険ものがある。
平和についての物語は、いくらでもあって教え込まれている。

だけど・・破壊の実感なくして、この有り難さが果たして伝わるのだろうか。
わがこととして、これを学ぶことができるのだろうか。

哀しみを知らずに愛を知ることが不可能であるように、
悲痛ということを感じずに、慈愛だとか博愛というものの
その価値は理解できないのではないだろうか。

戦後、日本は日本の大人たちは、故意に闇の感情を隠し去った。
あらゆる死や戦禍や恐怖や、そしてそういうことには必ず付随する
醜さ、愚かさ、憎しみといったマイナスの感情を隠し去ったのではないだろうか。

たとえどんなに辛くても、そして悲しくても、
そういった感情についてのリアルさも、ひとが生きていくには大切なのではないだろうか。

あまりにも「グロさ」が消え去ってしまったということ。
このことをここで持ち出すのは、あるいは誤解を受けかねないかも知れないが、
教育的かどうか・・というのではない。善し悪しの話でもない。
ひとが生き抜くというスタンスから観た場合、バランスの問題として、どうだろうかと思う。

愛の物語は・・たくさんたくさんこの世に溢れかえっている。
楽しく誘う夢物語もいいかもしれない。
しかし一日中TVをつけると飛び込んでくる、お笑いやグルメの話や、
ゲーム感覚の人生のハウツー番組は、どうしたものだろう。
おまけに相談事までが、デフォルメされ視聴者受けする商品となって流されている。
なにか足りない感じがするのは、
あまりにも闇の物語をきれいにデフォルメし、砂糖を塗して
たんなるお涙頂戴の物語にされ、うやむやにしてしまっていることにありそうだ。

ひとは人間として生まれた以上、その魂の重さを各自が受け止め生き延びていく。
この魂というもの・・それに注目してみた場合・・、
このひとを生かす推進力になるような根源としては、中身の充填が詰まっていなくては
いけないのではないだろうか。
どんどん魂というか生きていこうとしている、自分の核になるものが軽くなってはいないだろうか。
フワリフワリと軽くなり、あるいはスカスカになり、
ペシャンと押しつぶれたり、あるいはパチンと弾けてしまったり、
どんどん軽いものになっているような気がした。
ふわふわと彷徨って消えてしまいそうだ。そんなことを感じている。


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The Man
2006/05/17 23:34

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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
>あまりにも「グロさ」が消え去ってしまった
「大人のための残酷童話」という単行本があります。
他にもいろんなバージョンが出ています。
 
私達が見ないようにしてきた、見せないようにしてきたものは何だったのか、
解りやすく提示してると思います。
たけママ
2006/05/17 19:03
同じことを日々思いますわたしも。
ひまとこさ
2006/05/17 22:30
軽薄なものに感じられるのは、今、この一瞬だけを追及しさえすれば良いという風潮に由来するように思います。
生きるとは何か?死ぬとは何か?その両者の間に生じる数々の変化とはなにか?それを認識しようとしているか?

そんな想いを込めて、トラックバックしてみたのですが、今回は文字化け表示されているようです(泣)
GALANT's Cafe
2006/05/17 23:38
 これもまだ手付かずですが、山本周五郎も編集にタッチしている「日本残酷物語1−5」(平凡社ライブラリー)、つい最近の日本においても「残酷」は日常であったという話だと聞いております。優先順位はかなり後になりそうですが、もし読了したらまたご報告いたします。
bush
2006/05/17 23:46
>もしかしたら……バランス。
>そうかバランスなのかも知れない・・。

営利主義や開発競争の激化、そして何事にも以前にも増してスピードを求めれられる昨今、アナログ的な感覚でものを視るということがなくなってきているのでしょう。それゆえに今まではアナログ的な見方とデジタル的な見方がバランスしていたものが崩れていっているように思います。
そうなればどうなるか、感情がないロボットのように何者も感じなくなったり、簡単にキレてしまう人間が生まれてきてしまっているのでしょう。

ある意味、「古き良き」を取り戻さなくてはいけない時代になってきているのかもしれません。
ハルちのパパち
2006/05/18 00:13
たけママさん、どうもコメントありがとうございます。

童話・・これがなかなかにグロさを孕み、
それだからこそ、年月という風雪のなかでも脈々と息づいている・・とは、聞いたことがあります。王子様もお姫様も時空のなかで変幻自在♪
”大人のため”と称しているからには、その辺りの謎解きでしょうか。
うんうん。期待してメモ!です。
パセリ
2006/05/18 09:45
ひまとこさま、ようこそ。

子どもに限らず敏感に何かの欠落を感じているひとは、案外多いように思います。生きづらいというサインは、
なんだか息しづらい。嘘くさい。ということかもしれません。
パセリ
2006/05/18 09:49
GALANT'sCafeさまTB、コメントありがとうございます。

飄逸なら歓迎ですが・・軽薄はいただけません。(きっぱり)
なぜならダンディズムとは相容れないですもの。おっしゃられますこと然り!感知してくださってありがとうございます。狼狽しなくてすみそうです。(ふふっこの”浪”なら許せる・・”老”はNG)
あら〜ん?素敵な文字化けじゃございませんか!歓迎です。
パセリ
2006/05/18 09:57
bushさま、コメントありがとうございます。

これは〜たけママさんとはまた別バージョンでのご推薦著書ですね☆
「闇の話」はヤミラレマセンの、わたくしも・・。趣向の問題?(笑)
パセリ
2006/05/18 10:01
ハルちのパパちさま、コメントありがとうございます。

アナログ、デジタル。
あっ・・そう言えばわたしはあのデジタル時計が苦手(歳のせいって仰らないで!)両方使い分け良さを認識してこそですね。
しかし・・古き良きっていつぐらいから何だろう・・・ん?ここで自問すると、少しショック受けそうですが・・トホ。

パセリ
2006/05/18 10:07
>あまりにも闇の物語をきれいにデフォルメし、砂糖を塗して
>たんなるお涙頂戴の物語にされ、うやむやにしてしまってい
>ることにありそうだ。

世間の一般の人生論は、今まで成功した、もしくは悲しみに打ち勝てた
。。。上手く、受験勉強を勝ち抜き、イイ大學に入れて世の中の勝ち組に
成れた。。そんな美談のかたまりに辟易します。
この美談のうやむやな話が理想とする社会にせしめれた、嫌さに彷徨う
毎日にパセリ様の話に少し、気が柔らかく成る気がします。

>たとえどんなに辛くても、そして悲しくても、そういった感情につい
>てのリアルさも、ひとが生きていくには大切なのではないだろうか。

『グロ』さは、恥と思っていましたが、気にする事が実は美談にせしめる
事なのですね。
ポー助
2006/05/18 23:04
ポー助さま、お早うございます。

そうですね・自慢話はいただけないです・・。

ここはもっと余裕をもってというか、
柔軟かつどーんと地に足つけてというか、
許容量アップのためにと思うがままに書き連ねました。

共感いただきまして、ありがとうございます。
パセリ
2006/05/19 10:22
こんにちは。

ナウシカはリアルで映画ができていく過程に喜んでいましたね。その割にマンガは最後まで読みきっていないのですが。ぜんぜん話が違うらしいですけど。もうひとつ、破壊といえば「プラトーン」を映画館で見たこと、でした。本当に怖かったです。という疑似体験しかできてませんが。

富山大空襲も、北日本放送の詳細なドキュメンタリーを見て本当に共感はしたのですが(前のブログに書いた)、そこにいなかったわたしには同じ悲しみは理解できません。同じく、戦争に参加した身内の気持ちも、「分かるような気がする」だけです。

でも、それを体験しようとすると、どうすればいいんでしょうね?
#バラエティが全部嫌いなわけではないのですけど。
chiruru
2006/05/22 10:32
chiruruさま、こんにちは。

「闇の物語」これ、ひとの想像力というものを大きく豊かにし、自分の中に組み入れられれば、よりキャパシティが拡充出来るのではないかと思います。簡単ではありませんし、まして体験といいましてもわざわざ危険地帯へ出向いてということでもないかと・・。
また、闇は何も悲劇や災難といった外部にあるものに限りません。ひとのこころの闇という捉え方でもいいのではないでしょうか。自分の中で整理して向き合っていければいいかなと思います。
パセリ
2006/05/23 13:53

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